【年表】麻雀プロ団体の歴史|連盟・最高位戦・協会・RMU・麻将連合の成り立ちと代表
この記事の結論
- 今の主な5団体は、最高位戦(1976年)と日本プロ麻雀連盟(1981年)から人が分かれてできた
- 設立の年・代表・看板のタイトル戦を1つの表と年表で見られる
Mリーグの選手はみな、どこかのプロ団体に所属しています。現在ある主な5団体は、1976年に雑誌の企画として始まった「最高位戦」と、1981年にできた「日本プロ麻雀連盟」の2つから、人が分かれて新しい団体を作ってきた歴史があります。この記事では、5団体の成り立ち・年表・代表の移り変わりと、公式サイト・X・YouTubeをまとめました。
5団体をひと目で
設立の年・現在の代表・これまでの代表と、看板のタイトル戦です。団体名を押すと、くわしい説明に移ります。
| 団体 | 設立 | 現在の代表 | 創設・歴代の代表 | 看板タイトル |
|---|---|---|---|---|
| 日本プロ麻雀連盟 | 1981年 | 森山茂和(会長) | 小島武夫(創設・初代会長)→ 灘麻太郎 → 森山茂和 | 鳳凰位 |
| 最高位戦日本プロ麻雀協会 | 1976年(タイトル戦の創設。団体は1985年) | 新津潔(代表) | 井出洋介(1997年まで代表)→ … → 新津潔 | 最高位 |
| 日本プロ麻雀協会 | 2001年 | 鍛冶田良一(代表理事) | 土井泰昭(創設・初代)→ 五十嵐毅 → 鍛冶田良一 | 雀王 |
| RMU | 2007年 | 多井隆晴(代表) | 土田浩翔・多井隆晴(創設の中心) | 令昭位 |
| 麻将連合(μ) | 1997年 | 忍田幸夫(代表) | 井出洋介(創設・初代)→ 忍田幸夫 | 将王 |
代表の名前と年は、各団体の公式サイトとWikipediaで確かめられた範囲です(最高位戦の1997年から現在までの代表の移り変わりは、確かめられなかったので「…」にしています)。
5団体の時系列(年表)
「○○から」とあるのは、その団体にいた人が中心になって新しい団体を作ったことを表します(団体が割れて別れたという意味ではなく、人の流れです)。
太い帯が団体として活動している期間(最高位戦の薄い部分は雑誌のタイトル戦だった期間)、丸が主な出来事、帯の下の細い線と名前が代表、点線の矢印は人の流れ(その団体にいた人が中心になって新しい団体を作った)です。スマホでは横にスクロールできます。
出来事の一覧
色は見分けやすくするためにまじゃすこで付けたもので、団体の公式の色ではありません(ほかの記事の団体の色と同じです)。
日本プロ麻雀連盟
- 現在の代表
- 森山茂和(会長)
当時ばらばらだった小さな団体をまとめ、麻雀を囲碁・将棋のような地位に押し上げることを目指して、小島武夫らが作った団体です。設立には作家の花登筺の協力がありました。看板のタイトル戦は鳳凰戦(鳳凰位)。2002年から始まったKONAMI「麻雀格闘倶楽部」との提携などで活動を広げ、2013年からは自前の「夏目坂スタジオ」でタイトル戦を配信しています。
年表
- 1981年日刊スポーツで設立を発表(1月31日)、3月6日に設立
- 1984年ごろ小島武夫が会長を退き、灘麻太郎が第2代会長に
- 2002年麻雀格闘倶楽部とのタイアップが始まる
- 2006年土田浩翔・多井隆晴ら多くのプロが脱会(のちのRMUにつながる)
- 2013年森山茂和が第3代会長に(4月1日)。灘麻太郎は名誉会長に。夏目坂スタジオを開設(10月)
代表の移り変わり
- 初代小島武夫1981年〜1984年ごろ
- 第2代灘麻太郎1984年ごろ〜2013年3月(約30年)
- 第3代森山茂和2013年4月〜(現在)
最高位戦日本プロ麻雀協会
- 現在の代表
- 新津潔(代表)
1976年に始まったタイトル戦「最高位戦」がもとの団体で、「最高位」はプロのタイトルの中でもっとも長い歴史を持つとされています。1年をかけた長いリーグ戦で「真の強者」を決めるのが特徴です。最初は雑誌の企画でしたが、1985年から選手による自主運営の団体になりました。
年表
- 1976年『近代麻雀』(竹書房)の誌上タイトル戦として始まる(100半荘・10人)
- 1985年選手の自主運営の団体「日本麻雀最高位戦」に
- 1992年一発・裏ドラありのタイトル戦「發王戦」ができる
- 1997年「最高位戦日本プロ麻雀協会」に改称。最高位戦リーグを一発・裏ドラ・ノーテン罰符ありのルールに
- 2001年女流最高位戦ができる
- 2006年一発・裏ドラなしのタイトル戦「最高位戦Classic」ができる
- 2013年一般社団法人に。関西本部が発足
- 2023年最高位戦スタジオを設置
- 2025年USA本部・CHINA本部ができ、海外にも広がる
代表の移り変わり
- —井出洋介1997年に麻将連合を設立したときの代表
- 現在新津潔2025年3月の改選でも代表(副代表は近藤誠一)
日本プロ麻雀協会
- 現在の代表
- 鍛冶田良一(代表理事)
2001年に土井泰昭が作った団体で、最高位戦を退会した五十嵐毅らも創設に加わりました。看板のタイトル戦は雀王戦。Mリーグとほぼ同じルールで打つので、Mリーグを見ている人にはなじみやすい団体です。SEGAの「MJ」シリーズへの協力など、一般のファンとの接点を広げる活動を続けています。
年表
- 2001年土井泰昭が設立(初代代表)
- 2005年11月五十嵐毅が第2代代表に
- 2010年一般社団法人に(4月21日)
- 2026年鍛冶田良一が代表理事に(4月1日)。五十嵐毅は相談役に
代表の移り変わり
- 初代土井泰昭2001年〜2005年
- 第2代五十嵐毅2005年11月〜2026年3月(20年あまり)
- 第3代鍛冶田良一2026年4月〜(現在)
RMU
「Real Mahjong Unit」の略で、「真の麻雀プロを作る」という考えのもと、土田浩翔と多井隆晴を中心に、阿部孝則・河野高志・古久根英孝らが集まって作った団体です。入会してすぐプロになるのではなく、リーグ戦で選手ポイントを積み、審議会に認められてプロになる独自のしくみがあります。看板のタイトル戦は令昭位戦です。
年表
- 2007年6月土田浩翔・多井隆晴を中心に設立
- 2010年3月土田浩翔・古久根英孝が離れ、運営のしかたが変わる
代表の移り変わり
- 現在多井隆晴
麻将連合(μ)
当時の最高位戦の代表だった井出洋介が作った団体です。「麻将」を「お金をかけない麻雀」と定義し、競技麻将を広めることを目的にしています。入会は自由ですが、審査(筆記・実技・面接)に合格して「ツアー選手」になり、さらに条件を満たして「認定プロ」になる2段階のしくみで、基準に届かなければ合格者なしになる厳しさが特徴です。看板のタイトル戦は将王。
年表
- 1997年4月井出洋介が「麻雀連合」として設立
- 1999年「麻将連合」に改称
代表の移り変わり
- 初代井出洋介1997年〜
- 現在忍田幸夫
団体の公式YouTube
タイトル戦の対局は、各団体の公式YouTubeチャンネルでほぼ配信されています。
団体の対局を配信するチャンネル(最高位戦・協会・RMU・麻将連合の Wikipedia の外部リンクに並んでいる)
団体ごとのルールの違い
同じ麻雀でも、団体によって一発・裏ドラの有無や持ち点・返し点が違います。くわしくは「麻雀プロ団体とルールの違い」、Mリーガー40人がどの団体の選手かは「Mリーガーの所属団体」、各団体の現在のタイトル保持者は「麻雀のタイトル戦と保持者」、プロになる方法は「麻雀プロになるには」にまとめています。
よくある質問
Q. いちばん古い団体はどこですか?
タイトル戦として最も古いのは1976年に始まった最高位戦ですが、団体として活動を始めたのは1985年です。団体として最初にできたのは1981年の日本プロ麻雀連盟です。
Q. 団体同士は仲が悪いのですか?
分かれた当時は対立もありましたが、現在は麻雀最強戦やMリーグ、団体同士の交流戦などで一緒に戦う機会が多く、協力して大会を開くことも増えています。
まとめ
- もとになったのは最高位戦(1976年〜)と日本プロ麻雀連盟(1981年〜)
- 最高位戦から麻将連合(1997年)と日本プロ麻雀協会(2001年)、連盟を離れたプロからRMU(2007年)
- 連盟は小島武夫→灘麻太郎→森山茂和、協会は土井泰昭→五十嵐毅→鍛冶田良一と代表が移ってきた
出典:最高位戦日本プロ麻雀協会 公式サイト「団体概要(最高位戦日本プロ麻雀協会の歩み)」、日本プロ麻雀協会 公式サイト「組織」、Wikipedia「日本プロ麻雀連盟」「最高位戦日本プロ麻雀協会」「日本プロ麻雀協会」「RMU」「麻将連合」「小島武夫」「灘麻太郎」「五十嵐毅」「井出洋介」(2026年10月23日確認)。公式Xのアカウントは各団体の Wikipedia の外部リンクと公式サイトで確認しました。
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